目次
父と伯父・幸之助
東京生まれ
海人の国、淡路
松下の家
仕事への情熱
四条畷中学
寝屋川高校
同志社進学
専門課程
試練の日々
東京三洋
上州暮らし
輸出拡大
父の死
フェリー会社
カラーテレビ
SMC
人種の壁
クリントン氏
社長就任
第二の創業
安藤忠雄氏
ウォルマート
米大統領
アジアの力
3人の大統領
スポーツ
太陽電池
変革への挑戦

 最近の筆者
 
私の履歴書
父と伯父・幸之助
利益より役立つ商品
 戦後生まれの三洋電機は若い企業といわれてきた。井植歳男が焼け跡から一代で総合家電メーカーに築き上げたのだが、もはや社員で創業者を知る者は一握りになっている。すでに33回忌まで済ませ、息子の私でさえ古希を超えた。時の流れのあまりの速さにたじろぐほどだ。
 三洋電機が世に出て今年で56年。そのうち、父がかかわったのは22年に過ぎない。私の社歴はそれに倍する47年。多くの社員にとって父は遠い過去の人であり、私にとっても記憶のかなたと思われるかもしれない。
 ところが、不思議なことに、年を経るごとにかえって身近な存在になってきた。時には今なお一緒に暮らしている気までする。思えば、これだけ年数を重ねて、ようやく父の創業の心が体得できたということではないか。初めて父と気持ちが一つになってきた、そんな感じがしてならない。私が生きている限り、父も生きているのだ。
 
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